京つう

  日記/くらし/一般  |  奈良県

新規登録ログインヘルプ


2006年1月26日木曜日に、奈良は中南和地区にて刊行された面白くてためになる街の情報満載の集合広告 【FOOT STOMP】 それにまつわる種々様々なこぼれ話やエピソードを、余すところ無く詳らかに公開するブログです。

スポンサーリンク

上記の広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  

Posted by 京つう運営事務局 at

2007年07月16日

PANTAの新譜!強烈!

あてが大好きな、フェイバリット・アーティストとして敬愛してやまないPANTAが8/10に新譜を出すぞ!
タイトルは、

「オリーブの樹の下で」



でも、PANTAいうても知らん人も多いやろ~から、ここにチョイ解説も入れときます!

先ずはパンタさんのプロフィールから…。

パンタは当然芸名で(万物流転・パンタレイからきている。)、本名:中村治雄(なかむら はるお)という地味なお名前。
1950年2月5日 生まれですから、現在57歳。
埼玉県は所沢市出身で、関東学院大学在学中に、モージョ、スパルタクス・ブントで活動、その後、パンタの存在を一躍有名にした「頭脳警察」(漫画・ブレインポリスからその名をとった。)を1969年12月結成。1970年代には、いわゆる全共闘ジェネレーションの高揚の中で過激に活動、ステージ上で自慰行為(おなに~)(日劇ウエスタンカーニヴァルの舞台でのこと。当時全盛だったGSに負けてたまるかとばかりに、ドアーズのジム・モリソンばりにシコシコしたっ!それは、伝統芸として遠藤みちろう等、後のパンク・ミュージシャンに受け継がれている。伝説です。)をするなどの桁違いなパフォーマンスや、1stが発売禁止になるなどスキャンダラスな話題に事欠かず世間の耳目を集める。同時に成田・三里塚闘争(幻野祭)などの政治的な舞台でも、ガンガンロックを武器に精力的に戦うも、1975年7/31に解散する。

*三里塚闘争ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%87%8C%E5%A1%9A

*幻野祭
http://www.fly-p.com/zk/cd-genya.html



その後、パラシュートの今 剛や小室哲哉などのテクニシャンをメンバーに擁し、'77年7月、PANTA & HAL 結成。『マラッカ』、『1980X』という傑作アルバムを残すも、残念ながら'81年2月解散。
ソロ転向後は、もっと大衆向けのロック路線に転向。(KISSや唇にスパークを発表するも、過激なパンタに共鳴するファンから非難が集中!いろいろ物議を醸しました!)他のアーティストへの楽曲の提供や、ジャンルを超えたアイドルのプロデュースなども手がけ、最も有名な楽曲としては、「ムーンライトサーファー」(石川セリ、桑名晴子、高樹澪、渡辺美里、かとうれいこがガンガン歌ってた!)がある。更には、アイドルグループ制服向上委員会が上演したロックミュージカル「ドン・ジョヴァンニ」の音楽監督もつとめ、ここまでやるかという徹底振りを見せた。加えてその興味は、ジャンルを越え、俳優業へも活動の舞台を広げ、桑田佳祐初監督作品「稲村ジェーン」 へも出演。独特なキャラでスクリーンを飾って見せました。
プライベートでは、こよなくバイクを愛し、また「新世紀エヴァンゲリオン」「攻殻機動隊」シリーズなどのアニメ作品や、ギャルゲーと呼ばれる恋愛シミュレーションゲームのファンであると公言するなどオタク文化の造詣も深いという側面も持つお茶目な、正にロック界の岡田斗司夫的なお人ともいえる方です。
2001年6月9日、頭脳警察を再結成。2006年には、ムーンライダーズの鈴木慶一とともにP.K.O結成。そして、2007年キクチ・タクミとともに、「響」を結成。
8/10に1stアルバム「オリーブの樹の下で」を発売。12分を越える連合赤軍・重信房子との共作「ライラのバラード」はじめ全8曲。現在ネットで先行発売中!そこで、お買い求めに方にはパンタと共にイラク・バクダッドを訪れ、「反戦放浪記」を共著した椎野礼二氏による「歴史年表&ライラのバラード解説」をプレゼントのこと。

連絡はPCから、フライングパブリッシャーズ

http://www.fly-p.com/

オリーブの樹の下で
 FLPC-005  定価¥2940(税込)
 発売 (有)フライングパブリッシャーズ

1 来歴             作詞:重信房子 補作詞:PANTA 作曲PANTA
2 独りぼっちの子守歌   作詞:重信房子 補作詞:PANTA 作曲PANTA
3 手紙             作詞:重信房子 補作詞:PANTA 作曲PANTA
4 母への花束        作詞:重信メイ 補作詞:PANTA 作曲PANTA
5 Leila’s Ballade      作詞:重信房子 訳詞:重信メイ 作曲PANTA
6 心の砦           作詞:重信房子 補作詞:PANTA 作曲PANTA
7 七月のムスターファ   作詞、作曲:PANTA
8 ライラのバラード    作詞:重信房子 補作詞:PANTA 作曲PANTA
      全8曲 51分21秒

最後に、12分にも及ぶ重厚なナンバー・ライラのバラードの歌詞を載せときます!
じっくり読んでみて、あなたは何をどう思うか?もしよかったらその答えを聞かせてください。

ライラのバラード
作詞 重信房子 補作 PANTA 作曲 PANTA

わたしは 4才だった
誕生日のすぐ後 ハイファを追われた
ママは8人の子供等と小さな車に乗り込んだ
一人足りない それはわたし
何故 引っ越さなきゃいけないの?
ナツメヤシのカゴの後ろに隠れたわたしを
引っ張り上げて ママが言った
「ユダヤ人に殺られちゃうよ」
パパは涙を流して
子供達にお別れのキスをした

戦火を逃れて
故郷を追われた
家も街も祖国も
なにもかも奪われた
あれから半世紀過ぎても
わたしは家に帰れない
わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
パレスタイン 子供の物語

ライラ ライラ ~


わたしは 5才だった
夏になって やっとパパに会えた
一文無しになり 家も店も盗られ 祖国を追われた
斗いに敗れ 父は変わった
「いつ パレスチナに帰るの?」
難民となり失くした日々を語りながら
18年後 パパは死んだ
ハイファに帰る夢を 見続けて
土に還るパパにオリーブの枝をそえた

戦火を逃れて
故郷を追われた
家も街も祖国も
なにもかも奪われた
あれから半世紀過ぎても
わたしは家に帰れない
パパの物語 だけどそれはみんなの物語
パレスタイン 父の物語

ライラ ライラ ~


わたしは25才だった
八月のある日 祖国への旅に出た
一万フィートの上空から 祖国に帰る為に
幅広のレースの帽子でわたしは言った
「乗客のみなさん ベルトをお締めください
わたしは この機の新しい機長です
PFLPのチェゲバラ隊が
この飛行機の指揮をとります」
パレスチナの海岸線に
ハイファをはるかに見下ろして

戦火を逃れて
故郷を追われた
家も街も祖国も
なにもかも奪われた
あれから半世紀過ぎても
世界は そ知らぬ顔してる
わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
パレスタイン 戦士の物語

ライラ ライラ ~


わたしはいまも待っている
待つことは斗うこと斗いつづけること
二度目のハイジャックで友を失い わたしは
奪還された
それからバーシムと出会い リッダ斗争
パレスチナの恨みと希望を背負って
自由の戦士たちは 斗いつづけた
斗わなければ パレスチナの存在も
思い出に消えて
わたしも母になり 子供達の為に いまも斗う わが母のように

戦火を逃れて
故郷を追われた
家も街も祖国も
なにもかも奪われた
あれから半世紀過ぎても
斗いの火は消えない
わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
パレスタイン 母の物語

ライラ ライラ ~


わたしはもうすぐ60才
証言の為に日本に来ました
自由の戦士マリアンは無罪と訴える為に
あの時代はだれも 自由の戦士だった
それが何故 裁かれるのか
裁判長 あなたに訴えるわたしは
パレスチナを代表して来ました
祖国を奪われた民には 抵抗する権利があると
そしてマリアンもそのひとりだと

戦火を逃れて
故郷を追われた
家も街も祖国も
なにもかも奪われた
あれから半世紀過ぎても
斗いの権利は捨てない
わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
パレスタイン 世界の友の物語

ライラ ライラ ~

*重信房子ウィキペディア

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E4%BF%A1%E6%88%BF%E5%AD%90

  


Posted by footstomp at 10:33Comments(0)